【最大判昭48.12.12】三菱樹脂事件

分野:憲法

キーワード:思想・良心の自由、間接適用説、解約権留保

時代は1960年代。

当時の大学では学生運動が盛んで、社会問題や政治について熱く語る学生も珍しくありませんでした。

今回の主人公Yも、そんな学生の一人です。

大学時代のYは学生運動に参加していて、自分なりの政治的な考えを持っていました。

ところが就職活動が始まると、少し不安になります。

「学生運動に参加していたことを正直に話したら、採用に影響するかもしれない……。」

そう考えたYは、ある大企業(本件の被告X、三菱樹脂株式会社)を受ける際、その経歴をあえて話しませんでした。

面接は順調に進み、会社側もYを高く評価し、採用を決定。

Yは試用期間付きで入社することになりました。

「これで無事に社会人になれる。」

Yもほっとしたことでしょう。

ところが、そう簡単にはいきませんでした。

入社後、会社の調査によって、Yが過去に学生運動へ参加していたことが判明します。

X社はこう考えました。

「そんな大事なことを隠していたのか。」

そして試用期間が終わる前に、本採用を拒否したのです。

せっかく手に入れた仕事を失ったY。

当然納得できません。

「思想や信条の自由は憲法で保障されているはずだ。」

「会社はそんな理由で採用を取り消していいのか?」

こうしてYはX社を訴えます。

そしてこの事件は、最終的に最高裁判所まで争われることになりました。


ガパチョ

ちょっと待ってください!

思想・良心の自由って憲法で保障されていますよね?

それなのに会社が思想を理由に採用しないなんて、ありなんですか?

しかもYはもう試用期間に入っていたんですよね?

それってもう社員じゃないんですか?

S氏

そこがこの判例のおもしろいところなんです。

まず試用期間についてですが、最高裁は

「解約権を留保した雇用契約」

だと考えました。

簡単にいうと、

「いったん採用はするけれど、問題が見つかったら契約を終わらせることもできる状態」

ということです。

だから正式採用された社員とは少し扱いが違います。

でも、この事件の本当のポイントは別のところにあります。

それは、

憲法は会社と社員のような私人同士の関係にも、そのまま使えるのか?

という問題です。

ガパチョ

えっ?

思想・良心の自由って人権ですよね?

だったらそのまま憲法で判断すればいいんじゃないですか?

S氏

実はそう単純ではありません。

最高裁はこの事件で有名な

「間接適用説」

を示しました。

まずは判旨を見てみましょう。

🔰 「間接適用説」とは何?

「間接適用説」を理解するには、まず法律の世界の大きな2つのグループ、「公法(こうほう)」「私法(しほう)」の違いを知る必要があります。

「公法」

憲法はもともと「公法」と呼ばれるジャンルの法律です。 公法とは、「国家権力 vs 国民」の関係をルール化したもの。つまり、「国や役所が権力を振りかざして、国民の自由(人権)を奪ってはいけないよ」と、国家にブレーキをかけるためのものです。

「私法」

一方で、今回の「会社(X)と求職者(Y)」のような、私人(一般の個人や企業)同士の契約やトラブルは「私法」の世界の出来事です。(代表的な私法が「民法」です)。 私法の世界では、「私的自治の原則(自分たちのことは、自分たちの自由な意思で決める)」という大ルールがあります。誰と契約するか、誰を雇うかは、本来自由なのです。

なぜ「直接」適用してはいけないの?

もし、憲法(公法)の「思想の自由」や「平等の原則」を、私人同士のトラブル(私法)にそのまま直接当てはめてしまうとどうなるでしょう? 「思想の自由があるから、絶対に私を雇いなさい!」となってしまい、今度は会社側の「誰を雇うか決める自由(私的自治)」が完全に壊されてしまいます。

結論:だから「間接」適用する!

そこで最高裁が採用したのが「間接適用説」です。 これは、憲法のルールを直接ぶつけるのではなく、民法(私法)というクッションを挟んで間接的に憲法の精神を流し込もうという考え方です。

具体的には、私人間のトラブルを解決するときに、民法90条(公序良俗)や民法1条(権利の濫用)といった私法のルールを使います。その際、「憲法が大切にしている人権の精神に照らし合わせて、民法の条文を解釈しましょう」とするのです。

  • 直接適用説:「憲法違反だからお前はダメ!」(強すぎる)
  • 間接適用説:「憲法の精神から考えると、あなたのやり方は民法の『公序良俗(社会の常識)』に反するからダメですよ」(クッションを挟む)

三菱樹脂事件では、この「間接適用説」の考え方をベースにして、採用前(企業の自由を尊重)と採用後(労働者の保護を重視)でバランスをとった判決を出した、というわけです。

重要判旨①:採用前

企業が特定の思想、信条を有する者をそれゆえをもって雇い入れることを拒んでも、それを当然に違法とすることができない。

わかりやすい日本語でいうと

会社は、

「この人とは考え方が合わないな」

と思って採用しなかったとしても、

それだけで法律違反になるとは限りません。

最高裁は、会社には誰を採用するかを決める自由もあると考えました。(主人公Yの試用期間での本採用拒否も、企業側の自由として広く認められる側の話になります。)


重要判旨②:採用後

いったん雇い入れた後は、思想信条を理由に不利益な取り扱いがなされることは許されない。

わかりやすい日本語でいうと

ただし、一度社員として受け入れた後は話が別です。

「その考え方が気に入らないから」

という理由で、

差別したり、

仲間外れにしたり、

昇進させなかったり、

わざと不公平な扱いをしたりすることは認められません。

採用前と採用後では、結論が大きく変わるのです。


ここまで読んで、

「なるほど、そういう話だったのか!」

と思えたなら大丈夫。

あとは試験で引っかからなければ勝ちです。

それでは実際の過去問に挑戦してみましょう!

【平成25年度 問4 肢5】

企業者が、労働者の思想信条を理由に雇い入れを拒むことは、思想信条の自由の重要性に鑑み許されないが、いったん雇い入れた後は、思想信条を理由に不利益な取り扱いがなされてもこれを当然に違法とすることはできない。

→⭕️か❌か?

解答

❌ 誤り

この問題は、判例の結論をそのまま逆にしています。

判例の立場は、

採用前(解約権留保付きの試用期間を含む)

→ 会社が思想や信条を理由に採用しなかったとしても、直ちに違法とはいえない

正式採用後

→ 思想や信条を理由に差別したり、不公平な扱いをしたりすることは許されない

です。

試験では、この「採用前」と「採用後」をわざと入れ替えて出題することがあります。

三菱樹脂事件では、この違いをしっかり押さえておきましょう。「試用期間」は、まだ正式採用が確定していない特別な期間です。


一言で覚える

採用前は会社に広い採用の自由がある。

採用後は思想や信条を理由に差別してはいけない。

まずはそれだけ覚えておけばOKです。