作為と不作為とは?
法律、特に行政法の勉強をしていると、「作為(さくい)」と「不作為(ふさくい)」という一対の言葉に必ずぶつかります。
「作為」とは、積極的に何かをすること。「不作為」とは、消極的に何もしないこと。ここまではとてもシンプルです。
ただ、この二つの言葉を本当の意味で理解しようとすると、少し厄介なことに気づきます。というのも、行政法の中で「作為」「不作為」は、実はまったく性格の異なる二つの場面で登場するからです。一つは「行政が私たちに何かを命じる」場面、もう一つは「行政そのものが動かない」場面。この二つを混同したまま覚えてしまうと、あとで頭の中がこんがらがってしまうので、順番に切り分けて見ていきます。
行政が私たちに「動け」「動くな」と命じるとき
まず一つ目の場面は、行政機関が法律にもとづいて私たちに命令を下すときです。私たちに「動け」と言うのか、「動くな」と言うのか、どちらの方向を向いているかによって、義務は二種類に分かれます。
一つは、積極的に何かを行うことを求める作為義務です。税務署から課税処分の通知が届き、税金を納めるのはこの典型例ですし、違法に建ててしまった建物に対して除却命令を受け、自らの手で取り壊すのも同じく作為義務にあたります。
もう一つは、あることを絶対に行ってはならないとする不作為義務です。行政行為の分類の中では、この不作為を命じる行為そのものを「禁止」と呼びます。道路が崩落して通行禁止になり、その場に立ち止まって通らずにいること。飲食店の衛生状態が基準に満たず営業停止命令を受け、命令の期間中は店を開けずにいること。あるいは「A地には立ち入ってはならない」と命じられ、実際に立ち入らずにいること。これらはすべて、不作為義務を履行している状態です。
作為義務については、もう一歩踏み込んでおきたい話があります。行政強制執行の場面では、作為義務がさらに二つに枝分かれするのです。一つは代替的作為義務で、これは本人以外の誰かが代わりに行っても構わない義務です。違法建築物の取り壊しがまさにそれで、本人がやらなければ行政が業者を雇って代わりに取り壊し、その費用をあとから本人に請求することができます(これを行政代執行と呼びます)。もう一つは非代替的作為義務で、こちらは本人にしかできない義務です。たとえば感染症法にもとづく入院措置がその代表例で、本人の代わりに誰かが病床に入っても意味がないため、これもやはり代執行にはなじみません。この「代わりが利くかどうか」という視点は、行政強制執行の仕組みを理解するうえで地味に効いてくるポイントです。
役所の「対応しない」という態度そのものを指す不作為
さて、ここからが行政法の勉強の中でも特によく問題になる、もう一つの「不作為」です。
私たちが法律にもとづいて何らかの申請を行ったのに、行政庁が相当の期間が過ぎても、許可も不許可も出さず、何らの処分もしないまま放置している。この状態を指して、行政庁の不作為と呼びます。
たとえば飲食店を開業しようとして、保健所に営業許可の申請を出したとします。本来であれば、標準処理期間と呼ばれる目安の期間内に何かしらの返答があるはずです。ところが数ヶ月経っても保健所から音沙汰がない。許可でも不許可でもいいから、とにかく判断を示してほしいのに、行政がそれをせずに放置している。これが行政庁の不作為が問題視される理由です。
では、行政に「無視」された私たちは、ただ黙って待つしかないのでしょうか。実はそうではありません。法律は、この不作為に対抗する手段をきちんと用意しています。一つは、上級行政庁(あるいは処分庁自身)に対して「早く判断を出してほしい」と申し立てる、不作為についての審査請求。もう一つは、裁判所に対して「行政庁が処分をしないこと自体が違法である」という確認を求める、不作為の違法確認訴訟です。
おまけ:「確認してもらう」だけでは終わらない話
ここまで読んでくださった方の中には、「不作為の違法確認訴訟」で行政の不作為が違法だと確認してもらえたなら、それで許可が出るのだろうと思う方もいるかもしれません。ここは少し注意が必要なところです。
不作為の違法確認訴訟が裁判所に求めているのは、あくまで「行政庁が処分をしないまま放置していること自体が違法である」という確認にとどまります。「だから許可を出しなさい」というところまでは、この訴訟だけでは踏み込みません。
そこでもう一段、実務や試験で必ずセットで登場するのが義務付け訴訟です。これは裁判所に対して「行政庁に一定の処分をするよう命じなさい」と求める訴訟類型で、申請を放置されている場合に使われるものは申請型(不作為型)の義務付け訴訟と呼ばれます。
ここで一つ、受験生としてぜひ押さえておきたいルールがあります。この申請型の義務付け訴訟は、単独で起こすことができません。法律上、必ず不作為の違法確認訴訟とセットで、同時に提起しなければならないと定められているのです(併合提起)。つまり「放置されているのは違法だ」という確認と、「だから早く処分を出しなさい」という命令の要求は、好きなほうを選んで使うものではなく、最初から一体のセットとして組み込まれた仕組みなのです。この「単独では起こせない」という一点まで押さえておくと、条文の作りがぐっと腑に落ちてきます。
まとめ
あらためて振り返ると、「作為」「不作為」という同じ言葉が指しているものは、場面によってまったく違います。行政が私たちに命じる作為義務・不作為義務は、私たち国民が「動くか動かないか」の話です。一方、行政庁の不作為は、行政機関自身が「動かない」ことそのものを問題にする話です。
同じ漢字が使われているぶん、条文や問題文を読むときに主語が入れ替わっていることに気づきにくいのですが、「今、誰の話をしているのか」を意識するだけで、この二つはかなりすっきり整理できるはずです。